これまで多汗症の治療には、おもに塩化アルミニウムの外用薬が制汗剤として処方されてきました。
塩化アルミニウムは制汗効果がとても高いのですが、皮膚炎を起こしやすいため、皮膚が弱い人には、使いにくいのが難点。
専門クリニックでは、20%程度の濃度のものが使用されることが多いですが、副作用の様子を見ながら、塩化アルミニウムの濃度を低いものから少しづつ高いものに変えていくところも。
市販の医薬部外品の制汗剤には、クロルヒドロキシアルミニウム(ACH)を配合したものがありますが、このクロルヒドロキシアルミニウムは塩化アルミニウムを部分中和して開発されたもので、皮膚への刺激が少ないのが特徴。多くの制汗剤に配合されています。
しかし、医薬部外品では、ACHの配合上限量が2%以下に制限されているので、専門クリニックで処方される塩化アルミニウムの外用薬ほどの効果は期待できません。
そんな中、副作用が少ない制汗成分・ソフピロニウム臭化物を配合した外用薬が発売されました。
商品名はエクロックゲル5%で、原発性腋窩多汗症(げんぱつせいえきかたかんしょう)の治療に処方され、健康保険が適用できますが、一定の条件がありますので、だれでも使えるというわけではありません。
クロルヒドロキシアルミニウムを配合した市販の薬用デオドラントには、顔や首回りにも使え肌にやさしくて、制汗・殺菌効果が期待できるものがありますから、一度試してみることをおすすめします。
原発性腋窩多汗症とは
原発性腋窩多汗症(げんぱつせいえきかたかんしょう)は、汗の分泌が促される病気(神経疾患やガンなど)、あるいは汗をかく状況ではないにもかかわらず、わきの下に多くの汗をかく病気のことです。
”原発性多汗症”には、つぎの2種類があり、腋窩多汗症は局所多汗症の一つで、わきの下に汗をかくものを言います。
- 全身性多汗症
・全身に汗をかきます - 局所多汗症
・手のひら、足の裏、顔など、局所的に汗をかきます
遺伝が関係しているとも言われますが、はっきりした原因はわかっていません。
ストレスや緊張によって交感神経が過敏にはたらくときなどに、わきの下に大量の汗が分泌され、左右両方のわきの下からの汗が分泌によって、衣類に大きな汗染みができることもあります。
さらに、エクリン腺からだけえなく、皮脂などを含んだアポクリン腺からの汗を、皮膚などに棲む細菌が分解していやな臭いを放つことがありますが、これが腋臭(わきが)です。
多汗症とわきがは、別の病気ですが、同時に発症すると汗の量も多くなり、細菌が増殖して臭いがきつくなる原因にもなります。
腋窩多汗症の具体的な症状
日経Gooday 30+(2021.5.2)では、腋窩多汗症の症状として、つぎのような項目を挙げています。
- 服の汗ジミがないか常に人目が気になる
- わき汗が落ちるので半袖が着られない
- 服のわきの部分がすぐ黄ばんでしまう
- わき汗が臭うのではと気になりデオドラントを常用
- わき汗で服を着替えなくてはいけないことが多い
- 緊張すると余計にわき汗が出てくる
東京医科歯科大学大学院皮膚科学分野の横関博雄教授は、腋窩多汗症について、つぎのように説明しています。
腋窩多汗症は18人に1人の割合(5.7%)で見られるありふれた病気の一つ。男女比は6対4でやや男性に多い。気温が高くなったり、精神的に緊張しても、汗の量が増え、患者のQOL(生活の質)を大きく低下させるやっかいな病気です
多汗症と診断された患者さんの9割は、長い間治療を受けていなかったとのこと。多汗症の悩みをかかえ続けたまま、日常生活を送っている方が多いことがわかります。
エクロックゲル・塩化アルミニウムとの違い
エクロックゲルの有効成分・ソフピロニウムは、塩化アルミニウムとは汗を抑える仕組みが違います。
塩化アルミニウムは、汗が出るエクリン腺をふさぐことで、発汗を抑えます。塩化アルミニウムは、汗の成分と結びつくことで固まり、汗の通り道を塞ぐのです。刺激が強いのが特徴で、皮膚炎、湿疹、かゆみなどの副作用をともなうことが多いのがデメリット。
一方、エクロックゲルに配合されているソフピロニウムには、汗の機能を調整する神経機能をおさえる働きがあります。
エクロックゲルのはたらき
エクリン腺からの汗は、交感神経から放出されるアセチルコリンが、エクリン腺のM3(ムスカリン受容体サブタイプ3)という場所に結合することによって分泌されます。
エクロックゲルの有効成分であるソフピロニウムは、エクリン腺のM3に結合して、交感神経から放出されたアセチルコリンがエクリン腺の受容体に結合するのをブロックします。
エクロックゲルは、皮膚のエクリン腺だけに作用する抗コリン薬といえるとのこと。
ボツリヌス療法と併用して、内服の抗コリン薬が処方されることがありますが、口が乾いたり、散瞳(まぶしさ)などの副作用が出ることがあるようです。エクロックゲルでは、このような副作用はほとんどないとのこと。
ボツリヌス療法では、9割の方が改善するようですが、治療費の負担が大きく、半年~1年に1回、治療を繰り返す必要があるのが難点。
エクロックゲルの使い方
エクロックゲルは、1日1回、入浴後に水気をよく拭き取ってから、専用アプリケーターを使って、わき下全体に塗り広げます。
エクロックゲルは、内服薬の抗コリン薬のように、口が乾いたり、散瞳(まぶしさ)などの副作用がほとんどないと説明しましたが、エクロックゲルが付いた手で目をこすったりすると、散瞳や緑内障の悪化などの副作用が起きるリスクがあるので要注意。
アプリケーターを使って塗らなければいけないのは、他の部位へ付くのを防ぐため。また、エクロックゲルのメーカーでは、次の患者へは投与しないこととしています。
- 閉塞隅角緑内障の患者
- 前立腺肥大による排尿障害がある患者
- 本剤の成分に対し過敏症の既往歴がある患者
塗るだけで、約半数の人が改善するようですが、エクロックゲルをもらうためには、2週間ごとに受診する必要があるのがちょっと面倒かもしれません。
エクロックゲルの薬価
エクロックの薬価は1本20gで4874円なので、健康保険が3割負担の場合、自己負担額は1462円になります。
1本の量は、左右両わきに使って2週間分ですから、1カ月当たりのコストは約3000円。ただし、エクロックは、原発性腋窩多汗症の確定診断がおこなわれた場合のみ、処方してもらうことができます。
原発性腋窩多汗症の確定診断
エクロックは、原発性腋窩多汗症の確定診断がおこなわれた場合のみ投与することができます。
日本皮膚科学会「原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版」では、局所的に過剰な発汗が、明らかな原因がないまま6ヶ月以上認められ、つぎの6症状のうち、2項目以上当てはまるものを多汗症と診断しています。
[Hornbergerらの診断基準]
- 最初に症状が出るのが25歳以下であること
- 対称性に発汗がみられること
- 睡眠中は発汗が止まっていること
- 1週間に1回以上多汗のエピソードがあること
- 家族歴がみられること
- それらによって日常生活に支障をきたすこと
また、エクロック投与の開始には、HDSSの基準による重症度判定が必要です。
[HDSS(Hyperhidrosis disease severity scale、多汗症疾患重症度評価尺度)]
HDSSによる自覚症状分類 | |
重症度 | 自覚症状 |
1 | 発汗は全く気にならず、日常生活に全く支障がない |
2 | 発汗はがまんできるが、日常生活に時々支障がある |
3 | 発汗はほとんどがまんできず、日常生活に頻繁に支障がある |
4 | 発汗はがまんできず、日常生活に常に支障がある |
エクロックは、保険で処方される医薬品なので、内科など、ほとんどの医療機関で治療できるのもメリットのようです。
「アポクリン腺」には効果が無いエクロックゲル
エクロックは、エクリン腺への効果が期待できますが、わきがの原因となるアポクリン腺には働きません。
エクリン腺からの汗が抑えられることで、わきが臭や衣類への付着が多少おさえられることは期待できるかもしれませんが、根本的な解決にはなりません。
東京医科歯科大学・横関教授は、日経Gooday 30+の記事のなかで、「わきが」もある患者の場合は、2つの汗腺を電磁波で焼いて消失させる「ミラドライ」という治療法を推奨しています。
ミラドライは、保険適用外ですが、従来の手術治療と比べて、治療後に傷跡が残らないのが大きなメリット。
まとめ
エクロックの主要成分・ソフピロニウム臭化物は、多汗症を抑える仕組みが、塩化アルミニウムとは違い、副作用が少ないのが特徴です。
健康保険が適用になりますから、月3千円程度の負担で治療できますが、原発性腋窩多汗症に限定されていますので、単にわき汗に悩んでいるだけでは処方してもらうことはできません。
毎月2回、クリニックへ通うのは面倒という方もいらっしゃるかもしれません。
痒みがなく汗を抑えるなら、クロルヒドロキシアルミニウムを配合したロールオンを試してみるのもおすすめです。
また、わきがの原因となるアポクリン腺には働きませんから、わきがへの対処は、わきが専用のデオドラントクリームを使う必要があります。
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